　　　フランス「内戦に」　将軍たちの警告　　三井美奈　　　　　2021/5/24

「このままでは、フランスは内戦になる」

ぎょっとするような警告が４月、仏週刊誌のウェブサイトに載った。筆者は、仏軍の退役将軍ら約２０人。マクロン大統領と政府にあてた連名の書簡だった。
民主主義の欧州で、元軍人が徒党を組んで政治に意見するのは極めてまれ。これだけでもきな臭いのに、中身がおどろおどろしい。
筆者たちが言う内戦とは、「人種戦争」のこと。
反差別運動がフランスへの憎悪をあおり、イスラム主義が広がっていると訴えた。旧植民地出身の移民が白人社会に挑戦している、という論旨が透けて見える。
書簡は、警察への暴力が頻発することにも触れた。
政府が何もしなければ、危機は衝突へと発展し、「現役の同志が国民を守るため、介入することになる」と指摘した。
　　軍事クーデターをほのめかしたような、不気味さがある。
反響は大きかった。世論調査で、６割が警告に賛同した。もはや、退役軍人の「たわごと」で済まされない。
パルリ国防相は、関与した軍人は「処罰の対象になる」と言明した。
すると今月、今度は「現役兵」たちが匿名で退役将軍たちに支持表明し、ネット上で署名運動を始めた。フランス史をひもとくと政変の陰には常に軍がいる。
ナポレオンは１８世紀、クーデターで独裁への道をつかみ、１９世紀には右派がブーランジェ将軍を擁して共和制打倒をたくらんだ。
今回の書簡が発表されたのは、ドゴール政権への「将軍たちの反乱」からちょうど６０年のタイミングだった。
植民地アルジェリア独立に反対し、軍事政権樹立を目指した事件。国民には歴史の記憶がよぎった。
　　いまのフランスは強い不安で覆われている。
新型コロナウイルスで都市封鎖が１年以上、断続的に続き、国民は治安に敏感になった。
年間の犯罪件数はとりたてて増加していないのに、７１％が「身の安全に時々、不安を感じる」と答えた。特に最近、警察を狙った攻撃が目立つ。
４月、警察署の入り口で、職員がイスラム過激派に刺殺されるテロが発生。今月には、警察官が職務質問中に射殺される事件が起きた。
テレビでは警察署に花火が撃ち込まれ、パトカーが放火される映像が報じられる。
マクロン大統領の再選をかけた大統領選まで、あと１年。社会不安が広がると、イスラム移民に政治の矛先が向かう。
　　極右「国民連合」のルペン党首は、退役将軍たちに「勇気ある訴えだ。共に戦おう」と呼びかけた。
中道右派「共和党」出身の大物政治家からも「移民とテロは無関係ではない」の声が出る。
ちょっと前なら極右まがいの発言だと批判されたはずだ。
フランスでは昨年、米国の「ブラック・ライブズ・マター（黒人の命は大切）」運動に刺激され、人種差別、警察暴力への抗議運動が活気づいた。
それがどんどん先鋭化したことで、書簡が描く「内戦」の構図は、一般国民に受け入れやすくなっている。
　　大統領選を前に、ルペン党首は支持を伸ばす。
決選投票になった場合、マクロン氏が優勢だが、２人の支持率の差は６ポイントまで縮まった。
極右政権発足が、「まさか」で片付けられない事態にある。
かつて中道結集を掲げたマクロン氏も、右旋回せざるを得ない。どうやら、これが書簡の狙いだったのか。　　（産経新聞パリ支局長）

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