　　タイのポピュリズムの果ては「失敗国家」　　チュアン元首相　　　　　　　　日経　　　2024/10/12

　　ポピュリズムが世界に広がっている。
既成の政治やエリート層に不満を持つ人々に訴え、代弁者として振る舞うポピュリストは社会の分断や民主主義の後退を招く。
一方、大衆の意思をくみ上げることで民主主義を補完する役割も持つ。ポピュリズムとどう向き合うか。
タイの政治家のチュアン・リークパイ氏は 1990年代に首相を務め、それまで国軍中心の独裁的な統治が続いた同国の民主化を推進した。
ポピュリズムは国民を甘やかし、社会を弱体化させると断じる。

　―― あなたが首相として合計で 6年間ほど率いた「民主党」は 2001年の総選挙で貧困層の支援策を掲げたタクシン元首相の政党に敗れた。
タクシン氏はタイのポピュリストの先駆けといわれる。敗因をどう分析しているか。
「タイは法の支配が弱く、民主主義も脆弱だ。当時は国内経済が低迷し、国民の収入は減少傾向にあった。
政治家は票を買うことが容易になり、ポピュリズムが広がりやすい状況だった」
「タクシン氏は有権者にどれだけカネをばらまくかで選挙の勝敗を決める『政治のビジネス化』を推し進めた。
タクシン派以外にも選挙にカネを使う政治家が続出した。
民主党は反汚職と法の支配を党是として国民の支持を得てきたが、善良な政治家であっても太刀打ちできなくなった」
「選挙での敗北を通じて、盤石な民主主義を実現するためには経済成長が重要な要素になると学んだ。
国民が雇用と収入を得られるようになれば、政治家が票を買う機会は減る」

　―― タクシン政権は低額医療制度などを実現し、それまで政治に顧みられなかった貧困層に光を当てたとの評価もある。
大衆の意見をくみとる政治は民主的といえるのではないか。
「タクシン派はいろいろな政党の議員の寄せ集めで理念はなかった。タクシン氏は民主主義を信じていないと思う。
権力を掌握するための道具として選挙制度を利用したにすぎない。
首相になった途端に権威主義的な政権運営が目立ち、選挙管理委員会などの独立機関への介入や汚職が横行した」
「結果的に国民の分断や対立を生み出した。
自身を支持する東北部や北部は優遇したが、支持者が少ない南部の独立運動は徹底的に弾圧し、無実の人を含む多数の犠牲者を出した。
民主主義は多数派が少数派の権利を無視するような差別的なものであってはならない」

　―― 民主党は97年のアジア通貨危機後に緊縮財政による経済再建に取り組んだ。
痛みを伴う政策が国民の支持を失う一因となった。不人気でも必要な政策はどのように実行すべきか。
「当時、多くの国民は現金給付を求めたが、我々の政府は雇用創出による経済の活性化を図った。
目先の支持率よりも社会の持続性を優先すべきだと考えたからだ。
社会は良質な国民によって発展させなければならないという信念が必要だ。自助努力の精神ほど国民を強くするものはない」
「ポピュリズムは社会を弱体化させ、国の成長に何の役にも立たない。
あのときに現金給付を実施していたら多くの国民は満足したかもしれないが、お金を配る政府に感謝するだけになる。
政府の支援を待つ無責任な国民を増やした先に待っている未来は『失敗国家』だ」

　―― 今年 9月にタクシン氏次女のペートンタン氏を首相とする連立政権が発足した。
タクシン派の最大与党の公約には、最低賃金の大幅引き上げや現金給付など有権者におもねる政策が並ぶ。
「タイはかつて『東南アジアの優等生』とも呼ばれていたが、近年は経済成長が停滞している。
経済規模は近い将来にベトナムなどの周辺国に追い抜かれるだろう。
多くの政治家はポピュリズムが経済に悪影響を及ぼすと知っていながら、選挙に勝つためにやめられずにいる」
「ポピュリズムを防ぐには自身の行動に責任を持てる国民を増やすことが最も重要だ。
国民の質が低ければ無責任な政府や政治家が生まれやすい。
政治は子育てに似ている。
親が子どもに全てを与えればその子はいつまでも自立できない。政府の役割は産業が自立して発展できるような仕組みを構築することだ」

　Chuan Leekpai　貧しい華僑系の家庭で育ち、名門タマサート大を卒業して弁護士になる。
　1969年に下院議員に初当選。 92〜95年と 97〜2001年に首相を務めた。現在も下院議員として活動し、政治キャリアは 50年以上に及ぶ。 86歳
　集票の誘惑　抗い難く
　チュアン元首相が所属する民主党はかつて二大政党の一角としてタクシン派政党と政権を争ったが、近年は支持率が低迷する。
　タクシン派以外の政党も集票のために財政出動型のポピュリズム政策を打ち出し、埋没してしまったことが背景にある。
　チュアン氏はポピュリズムを痛烈に批判するが、民主党も 2023年5月の総選挙で農家への現金給付を公約に掲げた。
　今年9月には同氏の反対を押し切り、長年のライバルであるタクシン派を中心とする連立政権に参加した。
　政党が政権入りを優先する以上、ポピュリズムの誘惑に抗うのは難しい。

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