＜　ギーダンジャリ　＞　　タゴール　　　　　渡部照宏氏訳　　　　曽野綾子著　戒老録より 　“おお、生涯の最後の仕上げである死よ。　 　私の死よ、ここに来て私にささやいてくれ。 　毎日私はあなたが来るのを待ち設けていた。　 　あなたのために私は人生の喜びと痛みに耐えてきた。 　私のすべての存在、私のすべてのもの、私の望みと愛のすべては、いつも密かにあなたにむかって流れていた。 　私は知っている、やがていつの日にか私はこの世で見る力を失うであろう。　 　そして生命は私の眼のうえに最後の帳をたれ、黙って立ち去るであろう。　　･　・　・　・　・　・　 　私が求めて得られなかったもの、また得ることができたもの ― みな用はない。　 　だが私がかってしりぞけたもの、見のがしていたもの、それを私はまことに手にいれたいのだ。 　お別れだ。　さようなら、兄弟たちよ。　 　あなた方みなさんにお辞儀をして私は出かける。 　私の戸口の鍵をさあお返しする―　そして私は自分の家の権利をすべて放棄する。　 　ただお別れに、あなた方から親切な言葉が聞きたい。　 　永いあいだ近所どうしであったが、私よりさしあげるものよりも、貰うほうが多かった。 　今や夜が明けて、私の暗い隅を照らしていた燈火が消えた。 　お召しが来た。　 　私は旅支度ができている。 　今別れるにあたって私を祝福してくれ、友だちよ。　 　空は暁の光をおびて、私の行く手は美しい。 　私が何をたずさえていくのか、それはたずねてくれるな。　 　私はから手で旅に出るが、心ははずんでいる。　・　・　・　・　“　 　　　　　 「死について」に戻る へ