　　工作・謀略の国際政治　　世界の情報機関とインテリジェンス戦　　　黒井文太郎　　　書評　　　宮崎正弘　　　（ワニブックス）

　　注目点は「第 2章　知られざる情報戦～ウクライナ戦争の深層」だろう。
表面的なウクライナ戦争の動きではなく、裏で電子戦争を支えたアメリカと英国の情報機関がウクライナにおいて、
いかなる電子電脳による作戦を展開したか。克明に戦争の過程を、とくにインテリジェンスに絞り込んで詳述している。
すでに小誌でもＣIＡと MI６が、ウクライナに潜入して電子戦争の準備をなし、ウクライナの情報機関を特訓し、
さらにはスペースXによる通信網の確保も済ませていたことは紹介してきた。
だから緒戦ではロシアの戦車群があれほど無様な負けを喫したのである。
米国のCIA（中央情報局）やNSA（国家安全保障局）、ロシアのFSB（連邦保安庁）やGRU（参謀本部情報総局）、そしてウクライナのGUR（国防省情報総局）の暗闘ぶり。
舞台裏の秘密は、部分的にしかメディアが伝えていない。
日本の大手メディアに至っては単純短絡的に反ロシアだから舞台裏の暗闘には無関心。だからこそ本書の価値がある。

　　「第1章ハマス軍事部門ｖｓイスラエル情報機関」では、知られざるイランの「イスラム革命防衛隊コッズ部隊」、
イスラエルの「モサド」や「シンベト」といった各国のインテリジェンス組織がどう動いたかが語られる。
世界一のスパイ機関と言われたモサドが、なぜハマスの奇襲を予見できなかったのか。
ハマスを裏側で支援してきたのは本当にイスラエルだったのか等の疑問が氷解する。
本書でいう「インテリジェンス組織」とは、国の安全保障のために情報を収集・分析する情報機関を意味し、敵陣営を惑わし、間違った方向へ誘導し、
同時に自国民を監視・弾圧する。独裁国家では、しばしば恐怖の「秘密警察」の機能がある。

評者（宮崎）がとくに興味を抱いたのは「第3章　習近平の恐怖の監視システム　公安部、軍、国家安全部、武装警察の役割。
国民監視機関『公安部』の全貌」というチャプターである。
スペインの人権団体「セーフガード・ディフェンダーズ」が 2022年12月に公表した報告書に拠ると、
海外在住中国人を中国警察当局がダミーを駆使して監視、または強制帰国させているとした。
日本語では「中国派出所」と言われたが、日本ばかりか欧米を含む 53カ国 102カ所に非公式警察の拠点を設置したと衝撃の報告だった。
2012年から開始された「キツネ狩り作戦」（汚職官僚を海外から連れ戻す）ではおよそ 1万人の中国人が強制帰国となって処分された。
家族を脅迫するなどの手段が駆使された。
中国警察派出所は、安宿、ホテル、飲食店などに偽装している。

　香港では民主主義を死に至らしめた。
香港を完全に制圧した中国は、国際公約だった「50年間の一国両制度」をあっさりと反古にし、英米を激怒させた。
当時のトランプ政権は強硬な香港制裁に踏み切った。
2021年3月30日には全人代常務委員会が「香港基本法」（憲法らしき法律）の「付属文書」をしずかに修正した。
香港住民が選ぶ直接選挙の立法委員の枠を 3分の一から5分の一にしてしまった。これでは香港住民の民意が政治に反映されるわけはない。
そのうえで、『リンゴ日報』の創刊者ジミー・ライを逮捕して事後法による裁判にかけ、同紙を強制的に廃刊させた。
カナダへ亡命した周庭女史を国際手配した。
2020年6月30日に「国家安全維持法」を施行し、これを法源として「国家安全維持公署」と「国家安全維持委員会」を設置した。
後者の権限は香港行政長官より上位におかれた。すなわち香港行政長官なるポストは、「中国の傀儡」でしかないことを事実上宣言したのである。
この二つの新組織は国家安全部（「国安部」は「国・暗部」ともいわれるが「公安部」とは別組織である）の出先機関で、同時に民主活動家弾圧の実働部隊だ。
そのトップは「香港マカオ台湾事務弁公室」であると著者はいう。
中国は全土にスパイ網を精密は張り巡らし、インターネットとスマホの監視体制を構築した。
この新方針は、2014年4月に打ち出された「総体国家安全観」という概念規定を基礎にしている。
これにより同年11月に『反スパイ法』が、2015年7月には『国家安全法』が、そして2017年6月には『サイバー・セキュリティ法』が施行された。
これらによって新しいネット通信網を完全に監視下に置いた。
ただし国民のアクセスを調べるために2020年9月にグーグル、ユーチューブ、インスタグラム、NYタイムズ等へのアクセスを一時緩和した。
これは潜在的な反政府分子のあぶり出しを目的としたようである。

　習近平は国民監視を合法とする法律が次々と制定した
2017年6月に「国家情報法」が制定された。日本人をスパイ容疑で逮捕できる法源はこれである。
中国公安部の本部は北京市東長安街14にあり、この弾圧マシーンに従事する要員は 190万人とも言われる。
そして「天網工程」（スカイネット・プロジェクト）と「雪亮工程」（シャープ・プロジェクト）を立ち上げた。
前者はＡＩ監視カメラ網が主力、後者は地方政府の犯罪防止網である。
ついで中国人のおよそ 10億5000万人が所有するといわれるスマホの監視である。
国民のデータを吸い上げるためスマホ会話ならびに通信記録などのデータが掌握されている
　（ガラケーは監視対象とはなっていないので、意図的にガラケーに換える人もいるが、逆に監視されるそうな）。
こうしたノウハウを積んで「ＩＪＯＰ」（一体化連合作戦平台）が設置されたのである。
ハッカー部隊の本拠は 32069部隊、台湾向け心理戦は 311基地を拠点としており、日本を標的のハッカー部隊は「61419部隊」（青島）、
「65016部隊」（瀋陽）、もうひとつ「72950部隊」が済南に拠点を置く。

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